平成31年1月5日(土)に本校で「第17回臨床教科教育学セミナー」が実施されました。その学会の中で本校の生徒も自身の研究発表をポスター形式で発表を行いました。

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕先生のブログより、次のようなコメントを頂きました。
(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/F-Katagiri/20190105/p1)

過去の歴史に置いて,初の高校開催であった。それまでは全て大学で開催していた。これはとても意義があることと思っている。教育研究でありながら,学校現場と乖離した教育研究をしているところは多い。学校現場で通じない言語(その学会,分野でしか通じない言葉)を使って研究を論じ,はっきり言って「内輪ウケ」で満足しているところもある。そうなるとますます学校現場の情報ははいってこず,教育研究とはいいながら,現場に活きない研究ばかりをすることになる。
本学会は子どもの生の姿を分析し,現場に還元するという理念から生まれた。研究者も実践者も互いに交流する学会として生まれた。
そしてようやく全国大会が17回目にして学校現場で開催され,高校生も自由研究発表に参加し,高校生のポスターセッションを学会参加者が聞くという場が生まれた。
他の教育学会でこんなことがあるだろうか?これは何より臨床教科教育学会では,現場の先生も主となって活動している証拠である。
しかし,年末から年始にかけて学校現場は超多忙の時期でありながら,都立科学技術高等学校の先生,生徒は大変な準備を見事に行い,すばらしい会にしてくれた。学校の先生は会の会員の先生もいらっしゃるが,生徒は完全なボランティアである。
最寄り駅から会場まで生徒さん達が案内に立ってくれる。受付では元気な挨拶をしてくれ,自由研究発表では,タイムキーパーをしてくれて,教室の外では常に生徒さんが待機してくれて,何かがあれば,即座に対応してくれる。
そしてポスターセッションでは,全くその分野が分からない私に対して,丁寧に説明してくれる。例えば,プラスチックゴミのリサイクルが全くされていない国のために,簡単に分解し,有害ガスが出ないシステムの開発とか,携帯電話の部品からレアメタルを取り出す時に,有害物質を出さないやり方とか,おがくずでキノコを栽培するよりも効率的な栽培地の開発とか,である。
全ての研究が,その研究のための研究ではなく,現実にある問題を解決するための研究である。これこそが「社会に開かれた」研究である。
さて,新潟県内に目を向けてみると,このように「社会に開かれた」学びを生起させているカリキュラムを行っている高校があるだろうか?日々の授業はなんのため?となると,堂々と「大学受験のため」と言う教員,生徒が多いのではないか?大学受験が目的なんて,完全に「閉じた学び」である。自分のためである。
今目の前の学習が,社会の問題をどのように解決するのか?を意識させて学ばないと,成長しても社会に目がいかない大人になってしまう。高校時代から常に社会,世界に目を向ける「見方・考え方」を鍛えられれば,その大人に「自分の老後,自分の子どもの将来を任せたい。」と思ってしまう。
こういう高校,新潟にないかな?自分の子どもを進学させたい。
私が座長をしたときのタイムキーパー,Dさんに,3つの研究発表が終わって交替の時,「発表の内容,分かりましたか?」と質問してみた。そうしたら,「分かりましたが,今の発表の研究って,サンプルが少なくてもいいんですね。わたしたちの研究では,この数ではデータにならないと言われちゃいます。」と言われてしまった。そう。的確な指摘だ。サンプルが少ないのは研究者の都合だ。その学級の人数が少なかったからと言って,それでOKにしてはいけない。堂々と研究発表なんてできないレベルなのかもしれない。もちろん,教育研究と自然科学研究では違いがあるといえば,そうなのだが,言い訳には出来ない。
特に教育研究界はいろんな分野と交流することで,新たな視点が生まれてくると思う。今回の生徒さん達の研究の説明を聞いて,かなり「SDGs」に活かせるなと思った。